能登と越中の国境、宝達山から雪化粧が始まり、やがて里までも真っ白に覆われた。牛の飼い葉を真似て藁を押し切りで細かく切断し、フスマと糠を混ぜ合わせてみたもののメイ子は桶に首を入れるばかりで食べようとはしなかった。
困った亮三は大豆のさや殻を与えてみた。メイ子はそれに飛び付いた。さや殻は五右衛門風呂の焚き付けようにと納屋に沢山積まれていた。
飽きっぽいのかメイ子はそれさえ食べなくなった。新鮮な青草を欲しているのが薄茶色の目で分かった。硬い豆殻ばかりで腹に変調を来たしたのかもしれなかった。
亮三はカンジキを履いて雪を踏みしだきながら山に向かった。青物といえば榊の葉や熊笹ぐらいしか見当はつかなかった。
「青ければ、なんでも美味い筈だ!鹿と同だろう!」
メイ子は青ものなら何でも食べた。吹雪いた日には豆殻を食べさせ、晴れた日は学校から急いで帰り、メイ子の大好物である青い葉っぱ類を収穫する為に山へ向かった。
そりに積んで運ぶのは子供にとって重労働であったが亮三はメイ子の喜ぶ姿を思い浮かべるだけで辛いとは全く思わなかった。
翌春、学校から帰った亮三は山羊小屋を覗いて驚いた。メイ子の大きかったお腹はペッチャンコにすぼんでしまい、傍らに産まれたばかりの二匹の子山羊が座っていた。
藁は羊水で濡れていた。胎盤は血が混ざってコンニャクの固まりのようだった。
母になったばかりのメイ子は子山羊を交互に嘗め続けていたが、お構いなく亮三は掃除に取りかかった。
双子の子山羊はオスだった。父が野良から帰って
「オスは残念だ!乳を与えずに放っておけ!そのうちに死ぬやろ」
授乳させずに自然死を待つのは、残酷なことでもなく当然のことだった。雌山羊には貰い手があった。しかし、悲しいことにオスの引き取り手は誰もいなかった。
返事をしたものの亮三は父の言うことを素直に聞けなかった。純白の愛らしい子山羊である。父が家にいる間は親子を隔離し、学校から帰った後で双子にたっぷり授乳させようと作戦をたてた。
子供を産んだばかりの母山羊の乳は臭くて飲める代物ではなかったから父は暫く気付かずにいた。
母にこっそり事情を話し、父が怒った時の取りなしを頼んでいた。母は理屈なしに殺傷が嫌いだったので喜んで快諾してくれた。