女性がアコの視線に気づき、またこちらに顔を向ける。やばい、気付かれた。だが女性は特に気分を害した風には見えず、単純に視線を感じてこちらを見ただけのような表情だった。気まずい沈黙が流れるのを嫌って、アコはとっさに彼女に話しかけた。
「旅行ですか?」
女性は微笑んで、
「そうよ」
と答える。
「一人旅なんですか?」
「連れが迎えに来るのを待ってるの」
「彼氏さんですか?」
とアコは勢いよく尋ねて、その次の瞬間、恥ずかしくなった。友達かもしれないし、家族かもしれないのに。いくら私がうら若き乙女だからって、何でもかんでも、すぐ色恋沙汰に結びつけようとするこの単細胞をなんとかできないものだろうか?もっと考える事他にあるでしょ?と自分を叱りつけたい。
でもこんな綺麗な人に恋人がいるならどんな人なのか、単純に興味もあった。やっぱり美男美女カップルなのかな?インテリタイプか、アーティストタイプ、いやいや、意外とミスター・オリンピアレベルのマッチョかもしれない……。
アコは自分の相反する考えに辟易しながら、やはり好奇心に勝てずに図々しく女性の隣に座りこんだ。今回だけはいいとしよう。だって旅行中だし、旅の恥はかき捨てって言うじゃない……。
女性は微笑んだ。そして、アコの期待と裏腹に、思いもよらぬ答えを返してきた。
「執事」
「え?」
とアコは思わず聞き返す。執事?この人、今冗談言ったのかしら?アコは女性の顔をマジマジと見つめた。だが彼女の表情はジョークを言ってるようにも見えない。
そうか、この人はすごくお金持ちなんだ。有能な執事がいて、いつも身の回りの事をやってくれているんだろう。私とは別世界の人だ。ひょっとしたら地下に秘密基地を持っていて、夜な夜なヒーロー活動さえしているかもしれない。アコはこの女性に話しかけたのを後悔し始めた。