小説

『待つ』野口武士(『浦島太郎』)

 でも、学校やアルバイトから帰ってきてポストに手紙が入っている時の喜びときたら!
 書くのはいつもおばあちゃん。達筆で、尚且つ読みやすい。子供のころから、いつか大人になったらこんな字を書く人になりたい、と思っていたあの字。……残念ながら、いまだにその夢はかなっていない。そして最後にほんの一行か、二行、おじいちゃん。職人らしい、武骨な字。二人の字は好対照で、それでいて不思議にバランスが取れている。
 あれ、私、二人との手紙のやりとりを楽しんでる。そう気が付いて、アコは笑顔になった。
 でもだからと言って、文明の利器を使わないのはどうかと思うが、やはり欠点はある。忍君や、その親友のイチロー君や、当時のクラスメイトとパソコンを介してお話をしてると、物理的な距離を忘れてしまう。太平洋を飛び越えて、祖父母の家の縁側で話しているような錯覚に陥ってしまい、通話を終えた時に襲ってくる寂しさがひときわ大きく感じるのだ。
 だから、やっぱりちゃんと会うのが大事なんだ。便利なモノが人と人との間を遠ざけてしまう事もあるけど、便利だからこそ、より一層人を大事に思う事も出来るんじゃないか?とアコは思った。
 今の私は恵まれている、とアコは考える。環境にも、まわりの人々にも。アコは心から感謝すると同時に、今日両親と行ってきたタロフォフォの滝での男性の壮絶な生き様に思いを馳せる。
 ここグアムにも、先の大戦の痕跡はいくつもある。その中でも日本人がよく知っている事件。
 戦争が終わってから約三十年、あの人は異国の地で何を思って暮らしていたのだろう。私だったら寂しくて気が狂ってしまう。家族もいない、友人も、恋人もいない中、人生の中の大きな時間を独りで過ごし、やっと帰ってきたら、世の中の仕組みがガラッと変わっていた。その事を考えると、言いようのない不安と恐怖が頭の中を渦巻いて、アコはしばし立ち尽くした。美しい景色も、両手に握ったカメラの事も忘れ、シャッターにかけていた人差し指に思わず力がこもった。
 カシャ、っと無機質な音が思いのほか大きく耳に響き、ハッと我に返る。
 慌てて、カメラのレンズが向いていた方角を確かめる。偶然、誰かを撮ってしまったら失礼になると思ったからだ。……しまった。レンズのちょうど真正面の位置に流木があり、そこに一人の女性が座っていた。ゆったりとした白のワンピースを着て、黒く長い髪が風に揺れている。そして、あろう事かこっちを見ている。シャッターが落ちる音が聞こえたのだろうか。

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