小説

『青乃先生』朝蔭あゆ(『土神と狐』)

 先生は、固く握られた時子の手を取って、ご自分の真っ白なハンケチを握らせるとこうおっしゃった。
「中で、待っていますよ」
 時子は、目蓋を閉じて、その言葉を反芻した。耳の奥へ、奥へと仕舞い込むように。
 けして消えてしまわないように。
 そして、遠ざかっていく青乃先生の後ろ姿に向かってそっと囁いた。
「先生」
 大好きな、けして振り返ることのないその面影に。
「ごきげんよう」
 これを限りに、光の時は終わるのだと。

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