僕は一瞬口ごもり、しかし何も疑う事無く過ごす彼らに何故か苛立を覚えた。
「あいつ、体調が悪いなんて、金を巻き上げるための嘘だよ」
大男は歩みを止め真正面からこちらの顔を凝視する。
「明らかに酒飲んでさぼってるだけじゃないか。今だってケガしたから金よこせなんてせびられるし。体調が悪いのだって楽に金を手に入れようとしてるだけですよ」
少し考え込む様子を見せてから、大男はポツリと呟いた。
「それは、いけません」
「え?」
「彼は嘘なんか吐いていません」
その声は普段温和な彼の物とは思えぬ程無機質で、出てくるはずの文句が喉元で留まってしまう
「…おじさん達は、おかしいとは思わないのか」
絞り出した声は子供が言い訳をする時みたいに震えていて頼りなかった。
「彼がそうだ、という事はそれが真実です。私達は、そうやってこの村を守って来たんです」
もう遠くに行ってしまった男の方を見ながらはっきりと言う。
「この村には嘘をつく人間なんていません」
この時、村に来てからの違和感の正体に全て納得がついた。
その日の夜、ご飯の用意は出来ないので、と村に来た初日から世話になっている隣家のばあさん家で焼き魚を頬張っていた。
たまに話しが噛み合ないが馬の合うらしいばあさんと、柔らかな海風に頬を撫でられながらとる食事は僕のお気に入りであった。
ふと目の端を灯りがよぎったのでそちらを向くと、狼少年の家へと続く小道を誰かが登っている。
「誰だろう」
「ありゃサイさんじゃねえの?ばあちゃん遠くの方はよう見えるのよ」
昼間にあった出来事が頭をよぎり魚を噛む力がつい強まる、灯りに照らされて浮かんだ顔は確かに昼間のあいつであった。