小説

『狼はいない』光浦こう(『狼少年』)

 彼女の正しいものしか見えない強い眼差しに見つめられると、僕たちは誰も逆らえない。
 高潔な子。僕たちのメシア。遠い国から売られて来た。
 あの日の君に代わり、僕は狼退治にやって来たんだ。

 
「やっぱ一日の間に2人もよそ者がいなくなるのはさすがにまずいだろう」
「具合が悪くてしばらく宿の方で寝込んでるってすんのはどうだ」
「やめろ、ばあさんがやたらとこいつを気に入ってるんで看病すると聞かないぜ」
「家族の訃報の電報が届いた…」
「それは前の時に使っちまった」
 薄く開いたドアの向こうから光の線が漏れている。今度は突然誰かが尋ねて来てもバレない様おっさん共々奥の部屋に詰め込まれたらしい。少し顔を持ち上げると頭の中がバカみたいに揺れている。

 こみ上げてくる吐き気をかろうじて喉で飲み込み明るい部屋を覗き見る。
 音をたてるな、慎重に!
 ドアから死角である壁にはうっすらと所々黒く変色した太い木の棒と、わざわざ作ったのだろうか柄の先に鋭い鉄の刃が4本付いた見た事の無い武器が立てかけてある。まるで、狼の爪の様だ。
「もうしょうがないだろ、見られたからには。適当に理由でも付けてさっさと売っちまおう」
 男達は無言で頷き合い、部屋に安堵の空気が流れた。
「それにしてもサイさんが前の所で銀行員だったとは、大方自分も悪さが見つかったんだろうけど」
「それでこの村の不正に気付いて村長を脅すなんてな」
「全く。バカはバカのまま大人しくしていれば良かったんだ」
—嘘なんか言わないよ!
—この村のヤツらは皆バカだ
—そうやって僕たちはこの村を守って来たんです
 本当だなおっさん、おかげで狼を見つけられた。
 頭が痛い。手の縄が食い込んでいる。足の方は意外に緩い。靴を脱いだら抜けそうだ。
男達が立ち上がる音が床づてに聞こえてくる。

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