そこには体の至る所に鋭い爪で引っかかれたかの様な傷と紫色に変色した痕をつけたあの酔っぱらい男がいた。その傍らには村長さんと郵便局長が膝をつけて男の具合を診ている。
「なあちょっとその人どうしちゃったんだよ。まさか本当に狼とかじゃないよな」
床に男の血で所々黒いしみが出来ているのがドアから見ていても分かる。傷がかなり深いのだ。多分素人レベルで処置出来るものでは無いのだろう。
「この村って医者いたよな、俺連れてきますよどこ」
言葉を遮る様に、大男が立ち上がり僕の腕を掴む。
「この辺りにはごくたまに狼が出ます。不慣れなあなたが外にいては危険です。私が呼びに行きますのであなたは止血をお願いできませんか」
この状況にもいつもと変わらぬ落ち着いた様子の大男に半ば感心しながら分かったと返事をし男の傍に駆け寄る。
「とりあえず横にしよう。2人とも手伝って」
まず息はしているか、口元で耳をすませると、か細いながらも時折ヒュー、という音が漏れて聞こえる。出血は引っ掻かれた箇所が深くえぐられているようだ。後は血も吐いたのか口元が汚れている。
「そっち足持って、あと何かタオルとか、止血出来そうな布も」
後ろの2人がヨウの指示で動く。ドアがバタンと閉まる音がした、
大男が医者を呼びに行ったのだろう。
ここで死んでくれるなよ
気持ちの念を込め男の顔を見つめる。
どのくらい強く殴られたのだろうかこんなに血が出るまでに…
そこで僕がハッとして勢いよく振り返ったのと、何か固い物で頭を殴られたのはほぼ同時であった。
床に体を叩き付けられ意識の途切れる間際に、涙で滲んだ視界で6本の足が近づいてくるのが見えた。
右、左、右、左、遅れるな、テンポがずれてるぞ!列を崩すな。
遠くの方でいつの日かの声が聞こえる。
さらりとしたコットンの襟付きのシャツワンピースにお手製の冠とシーツで出来たマント、僕たちは大将に仕える兵隊の様に彼女の声に応える。