「隼人、いい子にしてよ。お願いだから」
そう言って、隼人の肩に触れようとした。すると、彼は「いやだ、帰るんだ」と言って、美緒の手を振り払った。
その時だった。棚の上の缶に美緒の手が当たり、それが床に落下したのだ。ガラン、と、大きな音がしたことにより、隼人も驚いて泣き止んだ。缶は落下した衝撃で中身が出てしまった。
「見ないで!」
女は叫ぶように言ったが、美緒はしっかりと見てしまった。
中身は、主に写真だった。美緒はそこに写っている男を見て、言葉を失った。
「これ……」
写真の中で、この誘拐犯の女の肩を抱いている、背の高い男―――その男は、明らかに隼人に似ていた。他人のそら似という次元ではなく、写真からはもっと深くて、そして明確な答えが導き出せてしまった。女は急いで写真を缶に閉まったが、もう目に焼き付いて離れることはなかった。
「隼人の父親……?」
美緒は俯く女を見つめて言った。答えは聞くまでもなかった。しかし、そうなるとこの女は、まさか―――。
女は黙り込んでいたが、しばらくすると諦めた様子で、笑みさえ溢しながら、
「……そうよ。彼は、この子の父親。そして私の夫よ」
こう言って、缶を胸に抱いた。女の言葉は止まらなかった。
「あなた達の母親と夫が仲良くしているのは分かっていたわ。でも、まさか子供まで作るとは思わなかったの。私との間には、どんなにがんばってもできなかったのに。赤ちゃん。悔しくて、悔しくて。だから私……」
ここまで言って、女は口を結んだ。美緒は、嫌な予感がした。
「今、旦那さんはどこに?」
おそるおそる聞いてみると、女は呟くように、
「遠くの林で、安らかに眠っているわ」
と言った。そして、エプロンのポケットから刃物を取り出して、銀色の部分を指でなぞった。美緒と隼人は、まるで自分がなでられているように錯覚し、背筋が冷たくなった。