女は頬杖をついてそう言った。美緒は胸の奥がぐっと押されるような、気持ち良い痛みを感じた。
「ほら、もっと食べてちょうだい。あなた達のために頼んだのよ」
「お姉ちゃん、食べないんだったら僕にちょうだい」
隼人は落ち着きなく、そう言った。よほど気に入ったらしい。
「……いただきます」
美緒は正座していた足を崩し、ピザを口に含んだ。柔らかく温かくて、たくさんの具が乗っていて、幸せが形になったような食べ物だと思った。
「……ねえ、隼人くん。さっきママから連絡があってね、お仕事があるから、少しの間おばさんの家にお姉ちゃんと居てほしいって言ってたの。だから安心して、このお家で過ごしてちょうだい」
女がそう言うと、隼人は本当かどうかを確かめるかのように、美緒の顔を見た。
「そうよね? 美緒ちゃん」
声のトーンを下げ、女は美緒に同意を求めた。今夜は隼人を安心させて、取り込むための嘘とは分かり切っていたが、美緒は頷くしかなかった。女は満足げに肩で息をして、
「ふたりとも、本当に可愛くて良い子。おばさん、とっても気に入ったわ」
と言って笑った。
いつも母親が私を認めてくれていたら。そうしたら、こうして誘拐犯の甘い言葉に酔うことはなく、もっと真剣に、この部屋から隼人を連れて逃げる術を考えられたのだろうかと、美緒はぼんやりと考えた。
誘拐されて五日が経った。
美緒と隼人は、外出を許されないこと以外は、何不自由なく生活していた。食事の質も、自宅にいた時より格段に良い。菓子類も食べ放題だ。しかし、未成年で学生である姉弟が五日間も帰らないことで、世間は既に騒いでいるのではないかと、美緒は不安になった。さすがにあの母親でも、警察に行っているのではないだろうか。このまま女の家に居てもいいと思った瞬間はあるというのに、なぜか母親のことが頭に浮かんで落ち着かなかった。
「テレビをつけてもいいですか?」
そう言って、美緒はテレビの電源に手を伸ばした。すると女は美緒の手を強くはたいた。
「だめ」