小説

『不毛な愛を求める子供』月崎奈々世(『ヘンゼルとグレーテル』)

「おばさんね、夫も子供もいないのよ。仕事もなくしちゃって、今は親のイサンで何とか生活してるの。毎日ひとりでさみしいのよ。だから、美緒ちゃんと隼人くんのお話を聞きたいわ。聞かせて」
 上機嫌で女は言う。美緒は、彼女のことを、ふつうのどこにでもいるようなおばさんのようだと思う。えんじ色のエプロンのポケットに、刃物を忍ばせていることを除けば。
「それにしてもあなた達、姉弟なのに似てないのね」
 女は何の気なしにそう言った後、美緒が俯いてしまったことに気が付き、
「ごめんなさい。私、変なこと言っちゃったかしら」
と、聞いた。
「いえ、別に。……私とこの子は、父親が違うんです」
「ああ、そうだったのね」
 しばらく部屋の中は静かで、隼人がピザを食べる音だけがくちゃくちゃと響いていた。
女は美緒の顔をじっと見つめていて、もっと話して欲しいと促しているようだった。美緒は初めこそ黙っていたが、女の熱い視線に負けて、プラスチックのカップに注がれた麦茶を飲んでから口を開いた。
「私の父は、私がまだ小さい頃に若い女の人を作って出ていきました。それから母は荒れて、生活のためと言って夜のお店で働くようになって……、そこのお客さんとの間に出来た子供が隼人です。母親とそのお客さんは結婚もしていないですし、今付き合いがあるのかも分かりません。私もこの子も、その人と会ったこともないんです」
 何故、誘拐犯に身の上話をしているのだろうと頭のどこかで思いながらも、美緒は久しぶりに、誰かに真剣に話を聞いてもらったような気がして、考えるよりも先に口が動いてしまった。
「私は母親が嫌いです。子供のこと、何も考えてないですから。あんなロクデナシ、早く死ねばいいと思ってるくらい。私は、そんな風になりたくない」
 奔放に生きる母親を見て育った反動なのか、美緒は我慢をすることが癖になっていた。友達にも、恋人にさえ弱音を吐いたことがない。笑っていないと、良い子でいないと、母親のように周りから見放されて、同じ運命を辿るのではないかという不安がついて回るからだ。私は母親みたいに堕落したくない。誰かに愛されて、幸せに生きていきたい。そう願っていたのであった。
「そう、美緒ちゃんはまだ若いのに、色んな経験をしているのね。しんどいこともあったでしょう。よく頑張っているわね」

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