ここまで言った時だった。美緒は心臓が強く波打ったために、頭がグラッとした。
隼人の背中に、刃物が突きつけられていたのだ。女は不敵な笑みを浮かべ、上目使いで美緒を見ている。逃げようとでもすれば何の躊躇いもなく刺すような、据わった目が長い前髪から覗いていて、美緒は全身に寒気がした。隼人は状況を全く把握することもなく、呑気にお菓子を食べ続けている。
「隼人くん、もっとお菓子をあげるから、あっちへ行きましょう」
そう言って、女はベンチから立ち上がった。依然として、刃物は隼人の背後にある。
「うん。でも、もう遅いから、お菓子もらったら帰るね」
屈託のない笑顔で、隼人は女の誘いに応えた。まだ、お菓子をくれる優しい大人としか思っていないようだった。
「ほら、お姉さんも一緒にいらっしゃい」
「……はい」
鉄になってしまったのかと思う程、美緒は自分の細い脚を重く感じていた。そして、駐車場へ停めていた車に乗せられ、女の家へと連れられていった。
***
美緒は女のマンションの部屋で食事を摂りながら、自分と隼人は、まるで魔女に捕まったヘンゼルとグレーテルみたいだと思った。美緒は幼い頃から、この物語が嫌いだった。嫌いというよりは納得が出来なかったという方が正しい。彼らは、最終的に自分達を捨てた親の所へ帰って、また仲良く暮らすのだ。しかも、魔女から奪った宝石類まで手土産にして。美緒はそんなことは絶対に出来ないし、間違っていると思う。親が捨てたから、彼らは誘拐されて危険な目に遭ってしまったのだ。
私達だって同じだ。もし母親が日頃から、隼人にきちんと早く帰宅するよう言っていれば、知らない人から物をもらってはならないと躾をしていれば、こんなことにならなかった可能性は高かったのではないだろうか。危ないことを回避する術を子供に教えないということは、もはや捨てているのとほとんど変わらない。
「どう、おいしい?」
女は宅配ピザをとって、それを美緒と隼人に与えた。隼人は初めての熱いピザに感激して、口の周りを汚して食べていた。