小説

『不毛な愛を求める子供』月崎奈々世(『ヘンゼルとグレーテル』)

 ――酒臭い。
 夕方。学校から帰宅して、美緒はすぐに居間の窓を開けた。テーブルに目を向けると、半分以上食べ残したコンビニ弁当があり、そのとなりでは少し残っている缶ビールが倒れていて、いつものことながら憂うつな気持ちになる。缶ビールはテーブルに付くとべたつくのだ。美緒はそれがひどく嫌いだった。鼻につく臭いも、腕につく感触も何もかも。こんなこと、十七才という年齢で知りたくなかったと思う。
 そして、この清潔ではない部屋の中心で、妖怪みたいな顔をして寝ている母親を見つめ、美緒は毎日こう思うのだ。
 早く死ね。と。
「……ああ、何。帰ってたの。今、何時?」
 しばらくすると母親は目を覚まし、枯れた声でそう聞いた。その後にあくびをふたつほど零したら、酒の臭いが更に部屋に充満して、今日も相当飲んでいることが分かった。
「十七時。今日、私バイト休みだから」
 美緒が言葉を返すと、母親は突然、
「何よ、休みって!」
 と怒鳴り、枕にしていたクッションを美緒の顔にぶつけた。
 さほど衝撃はなかったが、クッションの角が目に入って涙が出た。美緒は母親の行為に対し不快の渦がこみあげてきて、怖いわけでもないのに身体が震えてしまう。力を抜くと、歯がガチガチといった。
「休む暇あったら働いて金持ってきなさいよ!食べるだけ食べて何の役にも立たないんだから!」
「……ごめんなさい」
「いっそのこと高校なんて辞めれば?あんたは私の子供なんだから勉強したところで無駄なのよ」
 言い返せば次はクッションでは済まないと悟り、美緒は俯いて唇を強く噛んだ。
 母親は猛烈に酒癖が悪く、男好きで、金にだらしがない。昔はいささかマシだったようにも思うが、最近は酔っていない時間を探す方が難しい。絵に描いたようなダメな母親。今日は一段と機嫌が悪いから、どうせまたろくでもない男に引っかかって、金だけ取られて捨てられたのだろう。
「そういえば隼人は? あのガキはまだ帰って来ないの!?」
 母親は舌打ちをして、美緒を睨みつけた。
「まだ公園で遊んでるんじゃないの。……私、見てくる」

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