小説

『図書館員、人類を救う』平井玉(『天の羽衣』)

 そんなラインナップだったっけ?とヒロヨシはあせった。
「げげげ、源氏物語は美しい話だったでしょ?」
「権威を笠にきた強姦、近親相姦的欲望による不倫関係、幼児誘拐及び未成熟な状態の女性に対する一方的な性行為、複数女性との交際が引き起こす心神喪失などが描かれていました」
「げ。光源氏、ひでえ男だな。・・・じゃあ、悲劇的じゃない一冊って、どれ?」
「田山花袋の『蒲団』です。中年男が若い女の弟子に恋情を抱きますが、彼は強姦には至りません。ただ、弟子が使っていた蒲団の臭いを嗅ぐだけにとどめています」
「あー、それ授業で聞いて女子がみんなキモいって言ってた」
ふと、自分も一瞬少女の上着の匂いを嗅いだことを思い出し、顔が熱くなった。
「でもさ、気持ちはわかるよ。だってシャンプーの匂いとかっていいよね。あれ、その時代ってシャンプーあったっけ?」
 少女の表情は相変わらず無反応で、ヒロヨシはなんとはなし、追い込まれるような気分になっていった。
「小説はさ、教訓なんだと思うよね。あのさ、『蜘蛛の糸』。あれだって、カンジダだっけ?あの人が・・・」
「カンダダのことでしょうか?カンジダは、局部にかゆみなどを生じる性病です」
 ヒロヨシは更に追い込まれた。
「何、君、電子辞書かなんかインストールしてるの?とにかくその人はさ、他の人も助けようとすれば自分も助かったって言いたいんだよ。自分だけ助かろうとするのはだめだよって教訓なんだよ」
「芥川龍之介の本で、『地獄変』も読みました。絵師が可愛がっていた娘が、公卿の不興をかって無実の罪で焼き殺されます。絵師は悲しみますが、地獄の絵を描くために、娘が生きながら焼かれる様子を写生するのです。これは、なんの教訓ですか」
 

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