小説

『図書館員、人類を救う』平井玉(『天の羽衣』)

「けっ、礼も無しかよ」
 相田さんはやさぐれた中学生のように吐き捨て、気を取り直して貸り出しに来たおじいさんに対応を始めた。ヒロヨシは書棚の整理に戻って少女の様子をうかがった。彼女はしばらく検索機をいじった後、全く迷いのない足取りで本を集め始めた。だいたいが文庫になっているから、少女の探索は短く、量もさほどではない。困っていたら助けてやろうと思っていたので、残念だった。閲覧席を確保した少女は上着を脱いで丁寧に背もたれに掛け、本を読み始めた。速読をマスターしているのか、ページをただめくっているようにしか見えない。本当に内容を理解しているのだろうか。そう思いながら、自分も先ほどあげた本をちゃんと読んだことがあるか考えてしまった。「人間失格」くらいは読んだ記憶があるが、最後どうなったかも覚えていない。主人公が嫌な奴だったような印象だけ残っている。もっと薦めるべき本があったんじゃないかと後悔が残った。三時を過ぎると、調べ学習の宿題が出たらしい小学生が大量に押し寄せた。ヒロヨシはその対応に追われ、少女のことを忘れた。
「これ、落ちてたよ」
 小学生の一人が、薄手の上着を届けてきた。手にすると、するするとした生地が手に快い。届けに来た男の子もそう思ったようでなかなか放さず、二人でそれを引っ張り合うような形になった。
「どこに落ちていたの」
「あの、大人が本を読む席のとこ」
 あの子のだ。ようやく小学生の手から奪い取って、少女を探した。席に本は積まれていたが、少女の姿は見えなかった。トイレにでも行っているのだろうか。薄い上着は掌に収まるほど小さく丸まったので、ヒロヨシはエプロンのポケットにそれを突っ込んだ。後で直接渡そうと思った。席やカウンターに置いてしまったら、少女との縁が切れてしまうような気がしたのだった。が、ばたばたと仕事終わりまで立て込んで、ヒロヨシは上着のことを忘れた。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13