「あなたは標準的な日本人ですか?」
ぷくんと赤い唇に気を取られて、何を言われたのか分からなかった。言葉が脳に浸透してきても、何を言われたのか分からなかった。ヒロヨシは助けを求めて相田さんを見た。
「ええ、ええ、夏目は標準的現代日本青年ですよ。一応六大学の経営学部出身、体型も知性も標準的です。気はきかないけど、それも含めて標準的。ああ、容姿もまあ十人並み。草食系という傾向もちゃんと兼ね備えております」
相田さんは若干ふざけ過ぎる傾向があって、子どもにはうけがいいが、真面目なおじさんなどを怒らせることがある人なのだ。少女は笑いもしなかったが、怒りもしなかった。
「草を食べることができるのですか」
少女が刺すような視線をヒロヨシの腹部に向けた。まるで、牛のように胃袋を四つ持っているかのかと透視するように。ヒロヨシは思わず胃を押さえた。
「草食系って、おとなしくて淡白で異性に興味ないような人の事。あなた、帰国子女?」
完全に子ども相手の話し方になっている。五十代の相田さんから見ると、高校生くらいの少女も子どもの範疇なのだろう。ちなみにヒロヨシもそのカテゴリーに入れられている。
「私は遠い国で生まれました。日本に来たのは初めてです」
「ああ、そうなの。それで、日本について知りたいのね」
少女を胡散臭く思っていたらしい相田さんに、親切スイッチが入った音がした。
「あのね、このお客様は、標準的日本人に、日本を代表する小説を十冊紹介して欲しいんだって」
「え、相田さんが紹介してくださいよ」
「あたし、標準的か自信ないし。あんた、学士でしょ。本も好きだし」
「でも、ミステリーやSFばっかですよ」
「あたしはサイコミステリー専門なんだよね」
相田さんは、夫にむかついた時に、夫を殺す代わりにサイコミステリーを読むらしい。