「それで、アジアはどうなんですか」
こわごわ尋ねると、少女は首をかしげた。
「他地域を回り、総合的に判断します。では、上着を返してください」
とにかく、今日人類が滅びるわけではないらしい。アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、南アメリカ、オセアニア、頑張ってくれ!とヒロヨシは心から願った。鞄からひっぱり出した上着は、しわ一つ無い。きれいな素材のジャージみたいなのだが、立ち上がった少女が身にまとうと、闇の中に全身が淡く輝いた。例えこの世が終わるとしても、こんなに美しいものが見られてよかったとヒロヨシは思った。次の瞬間布団の上で胡坐をかいている自分を発見したヒロヨシは、なぜ自分が起き上っているかわからなくなっていた。おまけに、掛けていたはずの掛布団は、影も形も無くなっていた。
一週間後、書棚の整理をしていたヒロヨシは、相田さんにチンベルで呼び出された。
「このお客様が、夏目漱石のお薦めと、文豪の親戚を探しているんだって」
「・・・僕は漱石の親戚じゃありませんよ」
また冗談半分に面倒を押し付けて、と思ったが、見れば客は光り輝く美少女である。ヒロヨシの表情の変化を見て、相田さんはおおっぴらににやにやした。
「ぜひ、漱石コーナーをご案内して差し上げて」
「了解しました」
少女はヒロヨシの方に歩き始めたが、つと止まって相田さんに言った。
「『羊たちの沈黙』は面白い本だと思います」
相田さんはちょっと驚いた顔をしたが、決め顔になって親指をぐっと立ててみせた。漱石の全集は一番奥にあり、その棚の前には誰もいなかった。秘密の小部屋で美少女と二人きりになったような贅沢な気分を、ヒロヨシは楽しんだ。