小説

『もみの木』小高さりな(『もみの木』)

 いつもなら、特になんとも思わない映像だが、剛はそばを食べる箸を止め、画面を見た。
「アイドルかぁ」
 漏れ出した剛の心の声に、部下の今野が言った。
「課長、アイドルに興味あるんですか? そんな食い入るように見て」
「あるというか、なんというか」
 剛が言葉を濁すと、今野がさらりと聞いた。
「もしかして娘さんがアイドルになりたいとか?」
 剛は思わず食べていたそばがのどに詰まり、むせた。そんな様子の剛を見て、今野は水を差し出しながら、笑った。
「あはは、図星ですか?」
「いや、まあ、何で分かった?」
 剛の問いかけに、今野は肩をすくめた。
「勘ですよ。課長の娘さんも、お年頃だし、アイドル好きでもない課長がアイドルを食い入るように見つめていたら、なんとなく分かりますよ。年頃の女の子は、一度はアイドルに憧れるものじゃないですか」
「そういうものか?」
「うち、姉貴がいるんですけど、昔アイドルになりたいって、オーディションに送る写真撮影につき合わされましたよ」
 今野は言葉を切って、そばをすすった。
「まあ、今は普通に働いてますけどね」
 そばをくちゃくちゃと食べながら、喋る今野に、剛は眉をひそめた。
「おい、汚いぞ」
 

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