小説

『もみの木』小高さりな(『もみの木』)

 といっても、夕食時は、だいたいおしゃべりな悠子が話題の中心になり、今日あったこと、ご近所のこと、テレビのことを話し、剛と遥と話すことはあまりない。
「そうなの」
「もう中学生だろ、幼稚園児が言うならまだしも」
 悠子は、剛の様子を伺うように、ゆっくりと言った。
「本気みたいよ」
「で、お前はなんて言ったんだ?」
「相談されたのよ。ダンススタジオに通いたいって」
「ふーん」
 アイドル、ダンススタジオ。この二つの言葉を聞いてもピンと来ない。剛は少し考えてから言った。
「趣味としてなら、構わないさ。ただ、アイドルっていうのがなぁ、非現実すぎないか」
「あの子、自分から何かやりたい、なんて言ったの、初めてでしょ? だから」
「そんなの理由にならないよ。親として無責任なことはできないよ」
 悠子の言葉から、悠子は遥にダンスを習わせてもいいと思っている、そんなニュアンスを感じた剛は、強い口調で話を締めくくった。
 剛は、本には手を伸ばさず、ベッドへともぐりこんだ。

 翌日、剛は会社の若い連中とランチに出た。蕎麦屋のテレビには、色鮮やかな衣装に身を包んだ女の子たちがにこにこ歌っている姿が映っていた。
 

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