会社に入って、二十年。それなりに仕事をこなし、部下も持っている。十分望み通りの人生を送っている。
だが、剛はツリーを見ると、自分は本当に幸せなのか、という思いが湧き上がってくるのを感じた。
そんな思いを振り切るように、剛は駅前通りの裏路地にひっそりとある本屋に立ち寄った。
ノー残業は、この本屋に立ち寄るのが剛のここ数年の習慣だった。
ある時、かばんに忍ばせた文庫本を部下の今野が見つけて、こう言った。
「今は電子書籍っていうのがあるんですから、好きな時に好きな本をいつでも読めるし、わざわざ本屋に行かなくたっていいんですよ」
確かに、そうだ。けれども、剛は紙の本が好きだった。さらに言えば、本屋が好きだった。本のにおいや手触りが好きだった。また。本屋で本を探す時間が剛の息抜きでもあった。
剛が立ち寄る本屋は、個人経営のこじんまりとしているところだった。駅前の商業施設に、大型チェーンの本屋が入った時、この本屋は潰れてしまうだろうか、という剛の心配は杞憂に終わり、ほそぼそながらも、本屋は続いていた。
剛が店に入ると、本棚に本を補充しているエプロン姿の青年と目が合った。青年は剛にだけ分かるように、ごくわずかにうなずいた。
青年は、焦る様子もなく本棚に着実に本を陳列していく。
剛も、特に青年を待つわけでもなく、小説コーナーへ足を運び、ざっと並ぶタイトルに目を通した。といっても、毎週来ているので、目新しいものは特にない。
「どうも」