小説

『もみの木』小高さりな(『もみの木』)

 成長したもみの木は、望み通り森から切り出された。クリスマスツリーとなったもみのきは、きらびやかな一夜を送ったが、用が済んだあとは物置小屋行で、結局は薪となり、燃やされ、灰になった。
 剛は、子供のころ、野球選手になりたかった。
 小学校の卒業文集で、当時、クラスの男児の多くがプロ野球選手、サッカー選手、スポーツ選手と書いていたことだろう。
 そんな少年がまず甲子園出場を夢にするのも当然な流れだった。
 だが、剛はその夢に挑戦さえしなかった。
「野球をやりたい」
 中学の部活で野球部に入りたいと思った剛は、思い切って父に告げた。
 だが、父の反応は剛の期待したものではなかった。手こそ出さなかったものの、父はひどく厳しい口調でこう言った。
「やってどうする? 野球をやって、甲子園に行けるのか? 行ったとしてプロになれるのか? プロになれるのは、ごく一握りの選ばれた人間だ。剛、お前はその一員になれるのか?」
 剛は言い返せなかった。そうして、父はもみの木の話で話をしめくくった。
 父は言った。
「その程度の思いなら、もみの木のように、最後に後悔をして灰になるだけだ」
 剛は、父の言葉に従った。自分に特別な才能があるとは思えなかったからだ。剛は勉強して、大学に入り、会社に入り、妻と一人娘をもうけた。
 

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