モミの木みたいになるな、それは夢を見るな、ということではなく、自分のしたことを後悔するような人間にはなるな、ということだろうか。
父は、モミの木という話をそう解釈していたのかもしれない、という考えが剛の中でぐんぐんと大きくなった。
だとしたら、と剛は思い返した。
剛が大学を決める時、会社に入る時、結婚する時、剛が何かの決断をするとき、決まって父は「モミの木のようになるな」と言った。
剛は、その言葉を聞くたびに、自分に不応相なことはするな、夢を見るな、という意味だろうと、聞き流していたのだ。
剛は、分かっていた。剛が後悔していたのは、野球をやれなかったことじゃない、ましてやプロ野球選手になれなかったことじゃない。
本当に剛が後悔していたのは、自分のやりたいことを貫けなかったことだ。野球部に入ることを父に反対されて、剛はあっさりと引き下がったのだから。
ここまで考えて、剛は小さく首を横に振った。実際はどうか分からないじゃないか、父がどういう思いで、もみの木の話を使っていたかなんて分かるはずもない、と剛は思った。
本人に確認すれば、別だが、とそんなこと思って、剛はふっと笑みを漏らした。
何も買わずに店を出ようとする剛に、青年が声をかけた。
「買っていかれなくて、いいんですか?」
「ああ、いいんだよ。今日はいいんだ」
それから、剛はこう付け加えた。