「母さんは?」
「お風呂」
剛は、つい余計なことを口走ってしまった。
「そんなことしてないで、勉強しなさい」
遥は勢いよく言った。
「勉強もするよ。ってか、ちゃんとしてるよ。でも、アイドルにもなりたいの。そのためにダンスレッスンに通いたい」
「だめだ」
「なんで?」
「アイドルになれたって、その後ちゃんとした人生を送れるかどうか」
「じゃあさ、お父さんは今、悔いのない、ちゃんとした人生、送ってるの?」
「それは、そうさ」
「あっそう。でも、私は、夢を諦めたことをお父さんのせいにしたくないもん」
頭を殴られたような気分だった。剛は、その場から立ち去ろうとする遥に呼び止めようとして、やめた。呼び止めたところで、剛にはかける言葉がなかった。
嫌なことがあると、現実から距離を置きたがるのが、剛のクセだった。それは本を読むことも、夜遅くまで仕事に没頭することも同じだった。
剛は土曜日、日曜日部屋にこもり、本を読み、月曜日も遥と顔を合わせないようにと残業した。
月曜日、残業の後、一人で飲んでいたら、家に着く頃には、十二時を回っていた。