「ならそうじゃな、代わりに一つ、お主の化け術を見せてもらうとしようかの」
「それはいいのですが、どのようにすればいいのでしょう?」
「なに、この酒もちょいとぬるくなったのでな。お主の茶釜で、燗を付けてほしいのよ」
福右衛門は「それならお安いご用です」と意気込んで、その場で高く飛び跳ねた。宙でくるりと、丸まるように回転し、そのままテーブルの上にごとりと音を立てて乗ったのは、まごうことなき茶釜であった。
「お話の中だと、ご先祖様は火にかけられて熱がったみたいだけど、そこらへんは大丈夫なの?」
「その点はご安心下さい。長い歴史の中で研究を重ねて、今では火を使わずに自分でお湯を沸かせるようになりました」
茶釜の蓋を開けると、中にはたっぷりのお湯が泡を吹いて湯気をたてていた。住職が「上々、上々」と言いながら、震える手で徳利をつまみ上げる。
「熱いので、気をつけてくださいね」
「なあに、大丈夫大丈夫」
住職が徳利を持ち上げた、その瞬間の出来事だった。茶釜の縁に徳利がぶつかり、「あっ」と小さく叫ぶ間に手から離れて、お湯の中へと落ちていった。倒れるようにして飛び込んだ徳利は、当然底で横倒しになり、中の酒はすべてお湯へと混ざっていった。
「ああ、せっかくの酒が」
「とりあえず、徳利は割れてないみたいですね。福右衛門は大丈夫かい?」
幸平は福右衛門に尋ねるが、応答がない。と思っていたら、ヒック、と、しゃっくりが一つ返ってきた。
茶釜がかたかたと震えだし、最初は小刻みに、次第に大きく揺れだして、中のお湯が溢れるほどに揺れ始めた。「おい、福右衛門、大丈夫か?」と、幸平が呼びかけるが、尚も返事は返ってこず、やがて茶釜は高速で回転し始め、まさに未確認飛行物体さながらに宙に浮き始めた。さすがの異常事態に、店内の他の客や店員たちも唖然として空飛ぶ茶釜に注目する。やがて茶釜は謎の怪音を発し始め、それが福右衛門の笑い声だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「なぁんだか、とぉっても、気分がよいでぇす!とても愉快な気持ちでぇす!」
空飛ぶ茶釜はそう言うと、店中を暴れるように飛び始めた。ごうごうと音を立てて頭上すれすれを飛び回り、人々は悲鳴を上げて頭を抱える。「福右衛門、やめろ、危ない!」という幸平の叫びも虚しく、茶釜はお湯をまき散らしながら店内を飛翔する。
「なんだか大変なことになったのう」住職は机の下に避難しながらも鷹揚と呟いた。
「なにのんきなこと言ってるんですか。あんたのせいでしょう」
「まあまあ、さっきも言うたでないか。人生、焦りは禁物じゃ」
「このままじゃ怪我人が出ますよ。お湯だってまき散らしてるし、早く何とかせにゃ!」