小説

『BUNBUKU-CHAGAMA』星見柳太(『ぶんぶく茶釜』)

「いやはや、全くその通り!」
 幸平たちは不意の大声に驚いた。振り向くと、そこにいたのは禿頭の老爺で、近所の寺の住職だった。この店の常連で、幸平も何度か顔を見たことがある。いつも酔っ払っては他の客に説法めいたことをしだす名物客で、今日もゆでダコのように真っ赤になっており、その息は非常に酒臭いものだった。
「若者よ、大いに悩め。しかし焦る必要はない!人生なるようにしかならず。ただ目の前にチャンスが来たら、それをしっかりつかめるよう、日々ひたすらに精進すべし」
 住職は舐め回すように福右衛門を睨みつけ、福右衛門は住職の発する酒臭さに鼻が曲がるのを必死に堪えた。
「お主、狸は狸でも、茶釜一族の仔狸だな?」
「わかるのですか」
「当然。拙僧にかかれば、狸の化け術など一目見ればお見通しよ」
 背中の茶釜について突っ込むべきか幸平は逡巡した。
「まあ拙僧には通じんが、その歳でそれだけ化けられれば上出来よ。十分に優秀じゃ。足りぬことに恥じるべからず、優れることに驕るべからず。今できることをしっかりやっておれば、自然と道は開くものよ」
 住職は手にしていた徳利から酒をつぐ。手元がおぼつかず、だらだらとこぼしていた。
「まあお主ら、飲むがよい。酒は百薬の長、智慧の湧き出る聖なる湯よ。飲めば小さな迷いも断ち切れ、悟りも開けるかもしれないぞ」
 住職は自分の手にある酒を薦めてきた。幸平は一応受け取ったのだが、福右衛門は「すみません、ぼくは飲めないので」と断った。
「なんじゃい、わしの酒が飲めないのか」
「いやいや、福右衛門はまだ子どもでしょう。流石に酒はまずいですよ」
「なに言っとるんじゃ。狸なんだから人間の基準なんて関係ないわ。こいつくらいの年齢ならば、飲んでも問題ないはずじゃ」
「確かにぼくは狸界ではもう飲める歳ですが、どうにも酒は苦手なのです。すぐに倒れて、記憶がなくなってしまうので」
「なんじゃ、下戸か。狸のくせに」
「すみません、父さんにも飲まないようにと、言いつけられていますので」
 住職は不承不承ながら、福右衛門に酒を注ぐのを諦めた。
 

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