「まあ、海外で仕事したいって勢いだけで突っ走っちゃったから、具体的にどんな業種かとか、どこの国で働くのかとか、いろいろ決めかねてるんだけどね。とりあえず今は語学の勉強をしながら、留学に行くためにお金を貯めてるところだよ」
話を聞き終わった福右衛門は、それはもうあふれんばかりの尊敬の念を幸平に向けていた。
「すごいです。かっこいいです、幸平さん。夢に向かってまっすぐなその気持ち、とても素敵だと思います。ぼく、ますますお力になりたくなりました」
福右衛門があんまりにも褒めてくるので、幸平も悪い気はしない。
「まあとりあえず、いっぱい食べな。今日は俺がおごるから」
「はい、ありがとうございます!」
こうして夜は更けていった。
「ぼくも、これでいいのかなって思う時があるんです」
福右衛門はぽつりとつぶやいた。彼はコロッケ定食の後、天丼と鴨南蛮を完食し、今は稲荷ずしを手にしている。幸平はその健啖ぶりに呆れていて返答が遅れたが、福右衛門はかまわず続けた。
「父さんに言われたとおりに、化け術を始めとして、一族の伝統的技法を修めてきました。でも、人間の智慧や工夫は、狸の思っているものより遥か先を行っている。狸の化け術なんかよりもっとすごいことを、人間は簡単にやってのける。狸が人間を化かすなんてもう大昔の話で、ぼくたちの化け術はもう通用しないんじゃないかなって」
「お父さんはなんて言ってるんだい」
「焦らず、今できることをするだけだって・・・・・・」
幸平としても、その意見には同意だった。だが、福右衛門の気持ちもわかる。今のままでいいのだろうか、もっとできることはないのだろうか、やるべきことがあるんじゃないか。幸平自身もまさに思っている、漫然とした不安。若いころには誰もが感じているであろう青春の悩みは、人も狸も同じであった。
「お父さんの言うとおり、焦る必要はないんじゃないかな。俺もやっぱり不安があるし、自分の選んだ道が正しかったのか、悩むこともあるけどさ。それでもやっぱり、信じるものを貫くしかないんだよ。福右衛門も受け継いできたものが、きっと役に立つ時がくる。それを信じて、努力することが大切なんだよ、きっと」