場所は幸平行きつけの、定食屋へと移り変わる。駅前の目抜き通りにあるこの店は、低価格でありながらボリュームがあり、学生や仕事帰りの労働者、暇を持て余した近所の人たちの憩いの場となっている。
福右衛門は十二、三ごろの利発そうな少年へと化けていた。頭も尻尾もちゃんと隠れた、それは見事な変身なのだが、なぜだか背中の茶釜だけは、リュックのように背負っていた。
「背中のそれはなんとかならないの?」
「これは茶釜一族に伝わる伝統で、いついかなる時もつけておかなければいけないのです。修行の一環なので、どうぞご容赦ください」
とても真面目くさった話し方ではあるが、コロッケ定食を頬張るその姿は、見た目通りの幼さを感じさせるものだった。
「街に来ることはあんまりないの?」
「はい。今までは山にこもって、ひたすら化け術の修行でしたから。人間の生活に触れて、人間のためになることをしなさいって、父さんに言われまして。もっとも、長旅の空腹に耐え切れず、早々に罠にかかってしまいましたが」
「罠にかかってまで、よく人間のためになろうとするねぇ」
「それが一族の掟で、誇りですから。初代の分福茶釜が人間に助けられて以来、その感謝を常に忘れず、代々にわたって伝えていく。そうすることで人と狸の架け橋になることを目指し、更には化け術の研鑽と伝承にもつながる、というわけなのです」
福右衛門は誇らしげに語った。狸の中でも子どもなのだろうが、自分のなすべきことを自覚しているその姿は、幸平にとってとても立派なものに見えた。
「ぼくのことより、幸平さんのことです。本当に、何の悩みもないのですか?」
「うーん、ないことはないんだけどね」
幸平がそう言うと、福右衛門は目を輝かせた。
「いや、でも、本当に君の手を借りることではないんだよ。俺はね、海外で仕事したいんだ」
「海外、ですか?」
それから幸平は、自分のことを語り始めた。小さいころから具体的な夢とか、やりたいことがなかったこと。なんとなく周りに合わせて、大学受験や就活もとりあえず入れるところで選んだこと。内定をもらった後、初めて行った海外旅行で、現地の人との交流、異文化とのふれあいにとても心が動いたこと。帰国してから、海外で仕事をしてみたいと、初めて夢を持てたこと。悩んだ末に、内定を辞退して、今は就職浪人をしていること。