そこにいたのは治夫だった。派手な服装でも金髪でもない、身なりを整え高級なスーツを着た治夫。俺は動揺して治夫に掴みかかった。
「お前、戻って来たのか」
「なにを言っている?」
「何を仰っているのですか?」
目の前の治夫は訳が分からない、とでも言いたげな顔をしている。とぼけやがって。
「ご紹介いたします。こちらは新しい治夫様でいらっしゃいます」
新しい治夫? 何のことだかさっぱりわからない。
「そろそろ新しい治夫様に入れ替えよう、ということになったのですよ。前治夫様。この方は新治夫様でございます」
どうぞよろしく、と目の前の治夫はにこやかに笑った。
「旦那の差し金だな」
あの老いぼれ、俺が馬鹿息子を追いやったことに気付いたのだな。だから新しい治夫を差し向けてきたのだ。しかし、使用人はくすくすと笑って否定した。
「まさか。あの旦那様はあなたが裏で何をしていたかなど、ご存知ではありませんでした」
「それならどうして……」
俺ははっとして無造作に置いたままにしていた旦那の手紙を慌てて読んだ。
『第二の治夫へ
お前がこの手紙を読んでいる頃には私は死んでいるだろう。お前には悪いことをした。お前を治夫にしてしまったがために、お前の人生も存在も消してしまった。申し訳ない。しかし私にはどうすることもできなかった。お前にはこれからできる限り自由に生きてほしい。あの治夫のことはどうにでもしてくれていい。お前のこれからの人生がいい方向に向かうことを願っている。
追伸 私も同じだ。私も私ではない。できることなら早く屋敷を去れ』
「失礼いたします。旦那様がお呼びです」
違う使用人が告げた。嫌な汗が流れる。