「君、私の息子になる気はないかね?」
突然の話に俺は目を丸くした。しかし目の前にいる旦那の目は真剣そのものだった。
「一体、どうされたのですか、突然。旦那様には治夫様がいらっしゃるではないですか」
「あれは勿論、私の息子だ。しかしあれに会社を背負うだけの能力も度量もない。そもそもあれが働く気もないことは君も知っているだろう?」
俺は口を閉ざした。旦那の息子が問題児であることは嫌と言うほど知っている。親の七光りを体現したような馬鹿息子だった。使用人の息子であった俺は、いつも旦那の息子である治夫のお付の者として行動していたが毎度手を焼いていた。今でも治夫の傍若無人な態度には頭を悩まされている。
「私も若くはない。いつかは社長の座を降りる。しかし、その時にあれに社長が務まるとは思わないのだよ。副社長の肩書を与えているがあれはろくに働いていない。このままではいずれ会社は潰れるか、よそ者に奪われるだろう」
だから、と鋭い目つきで旦那は俺を見つめた。これは希望でも要望でもない。命令だ、とすぐに理解した。
「かしこまりました。私でよろしければ」
悩むことなどない。ただの使用人の息子から大会社の息子として将来を保証されるのだ。こんなに美味しい話はない。治夫の補佐として働いているため会社の情勢も分かっている。順風満帆、倒産するような陰りもない。
旦那はそうか、と口角を上げた。
「今日からお前が治夫だ」