小説

『ブラック企業版シンデレラ』西島知宏(『シンデレラ』)

さて、「東京無線」と書かれたかぼちゃの馬車で、打ち上げ会場「城」に到着したシンデレラは、たちまちクライアント一族と参加者の注目の的になりました。同じ部の先輩たちはあまりの変貌ぶりに、シンデレラだと気づきませんでした。

クライアントのご子息は、シンデレラの美しさに魅了され、踊りに誘って愛の言葉をささやきました。

「今度うちのCMに出してやろうか?」

破格の出演料、有名焼肉店のロケ弁など、夢のようなオファーの数々に、シンデレラはフィージビリティも確認せず舞い上がり、香盤が狂っているのを忘れていました。

気がつくと、時計はテッペンを周り始めていました。

「アジェンダを守らなければ」

仙女と握った約束にコミットしたいシンデレラは、もらったタクチケを握りしめエイヤで駆け出しました。
シンデレラと名刺交換を済ませていなかったご子息は「あと1分いい?」と引き留めましたが、
「言いたい事のニュアンスはアグリーです」

そう言い残し、シンデレラは直帰してしまいました。後にはシンデレラがウェアラブルしていた美しいガラスの靴が片一方だけ取り残されていました。

ご子息は何とか打ち上げの女性を探し出そうとペルソナを設定し、各エージェンシーをピッチにかけることにしました。「4月のオンエアまでに靴の持ち主を探せば、インセンティブとしてキャンペーンのバジェットを預ける」と。
 

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