三枚の名刺を内ポケットにしまおうとすると、一枚が緑色に輝いて祥平の手から滑り落ちたと思うと空中に浮かんだ。
「ゲンタ……」
ゲンタの名刺は、緑色の光につつまれたかと思うと破裂したように光の粉となり、辺りに降り注いだ。
小さな足跡が緑色に光りながら床に現れた。
「ゲンタ、助けてくれるのか」
足跡は、緑の光を発しながら玄関の方へつづいている。
部屋の入り口のドアは半開きで、チェーンくらい掛けておけばよかったと祥平を後悔させた。
その先も、足跡には五本の指もついている。裸足で出て行ってしまったらしい。あっちに向いたりこっちへ向いたりしながら、まるで千鳥足のようだ。完全に夢遊状態だ。
足跡はアパートを出ると、アスファルトの上を歌舞伎町の方向へつづいていた。歌舞伎町は東京でも最も邪悪な物の怪が集うと言われる魔境だ。人が喰われる事件などは、日常茶飯事でニュースにもならないくらいだ。
「まずいところへ行ったな」
祥平は舌打ちし、全力で走った。
繁華街の方角から吹いてくる小便と血が混じったような臭いの風に祥平は顔をゆがめた。歌舞伎町に近づくにつれて魔の瘴気が濃くなってきているのだ。
すれ違う老人が連れた犬を見れば、黒こげの身体から、はみ出した内臓を引きずりながら歩いている。その横を顔中が目のような真っ黒な鳥が真っ赤な鶏冠を振るわせてダチョウのように走り去っていった。
理美の無事を祈らずにはいられない。
小さな足跡を追う祥平の靴音が徐々に速くなっていく。
足跡は雑居ビルの間の路地にへ続いていた。
路地に入ると、巨大なキノコの上に理美が横たわっていた。
「理美!」
祥平は妹の名を叫びながら駆け寄った。
理美は、猫模様のパジャマ姿で、すやすやと眠っている。
祥平は額の汗を拭い、ため息をついた。
無事でよかった。早くマンションへ連れて帰ろう。
そう思った矢先、地獄の底からわいてくるような重低音の声が響いた。
「その子供を置いて行けーっ」
祥平は、身構えて路地の向こうを見ると、逆三角形の体型をした海賊が三人、向かってきた。都会の真ん中で海賊というのもおかしいが、頭に巻いた髑髏マーク入りのバンダナに、手にした半月刀、日焼けした皮膚に、黄色い歯、おまけに黒い眼帯までしていれば、映画やアニメに出てくる海賊そっくりだ。山の中で出会っても海賊だと思うだろうと祥平は思った。海賊モドキと言ったところか。