小説

『桜の樹の下には』ハラ・イッペー(『桜の樹の下には』梶井基次郎)

「スコップ!1個貸して。それでひっぱり上げるから」
 ぼくはスコップの持ち手のほうを出来るだけ上にあげた。里香さんがスコップを手に取ったので、ぼくは刃の平らな部分にぶら下がろうとした。
「無理無理無理無理!」
 ぼくは壁を蹴りながら、上へあがろうとしたけど、里香さんの力じゃひっぱり上げてもらうことは出来なかった。雄介くんも挑戦したけど、やっぱり無理だった。
 これはよくない。もしかしたら、本当に出られないかもしれない。大人の人を呼んでもらうのが一番かもしれないけど、ぼくも真面目な子と思われているので、こんなことをしているのは知られたくない。でも、このままじゃ死ぬかもしれない。ぼくたちが桜の樹の栄養になってしまうかもしれない!
「だから、姉ちゃん!大人の人、呼んでってば!」
 雄介くんが叫んだので、ぼくも同じことを叫んだ。
「待って。誰か来た」
 里香さんがぼそりとそう言った。
「誰だろ、あれ」「知らない人だ」「なんか怪しい」「なんか怖い」「全身真っ黒だし」「あ、無理」
 里香さんが続けてぼそりぼそりと、なんだか怖いことを言い始めた。
「ごめん・・・怖い」
 里香さんはそう言って、穴の中から見えないところに行ってしまった。
「バカ!クソ姉貴!逃げるなよ!」
 雄介くんが叫んだけど、里香さんから反応は返って来なかった。
 一瞬、静かになったかと思うと、穴の壁を伝って、ぎちゃ、ぎちゃ、という足音が聞こえてきた。あまりの怖さに、ぼくは息を殺すことしかできなかった。雄介くんもそうだった。
 また一瞬、静かになった。ぼくと雄介くんは口を塞ぎあったまま、ずっと穴の外を見上げていた。その静かな時間が、すごく長く感じられた。
 穴の口のふちから、ぬっと顔が生え出た。黒い帽子をかぶって、黒いサングラスをして、黒いヒゲを生やしたおじさんの顔だった。ぼくたちは思わず、「うわあああああああああ」と叫んだ。
 そのおじさんは里香さんが残したスコップを持った。まずい。本当に埋められる!嫌だ!助けて!
 

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