小説

『桜の樹の下には』ハラ・イッペー(『桜の樹の下には』梶井基次郎)

「お、来たな。悪ガキ」
 里香さんはそう言って、右手を上げた。里香さんは年上なので、ぼくは頭を下げた。
「ごめんな。ついてくるなって言ったんだけど」
 雄介くんが少し暗い声で言った。
「うるさい。お前はわたしに命令できるほど偉いのか」
 里香さんは雄介くんの頭をコツンと叩いた。
 里香さんは雄介くんのお姉さんで、年は2つ上。雄介くんも荒っぽい性格で、ガキ大将みたいな感じなのだけど、里香さんはもっとすごい。いまみたいに結構簡単に人の頭をコツンコツンと叩く。小さい頃からちょくちょく遊ぶこともあったので、ぼくも何度も頭を叩かれたことがある。ヘルメットも持ってくればよかったか。
 里香さんとやり合ってても時間の無駄なので、ぼくたちはさっそく、スコップで桜の樹の下を掘ることにした。“ぼくたち”というのはぼくと雄介くんのことで、里香さんは境内に座って見てるだけだった。
 しばらくはひたすら土を掘った。予想通り、土はぐちょぐちょしていて掘りやすかったけど、樹の根っこが出てくるばっかりで、目当ての屍体はちっとも出てくる気配がなかった。それでもぼくは掘りつづけようと思った。

 掘りはじめてから、もうどのぐらい時間が経ったのか。空は少し暗くなっていた。
 樹の根っこを避けながら、結構深くまで掘ったけど、まだ屍体は出てこない。それに土も固くなってきた。
「ねえ、まだ埋められた人、出てこないの」
 里香さんが、ぼくと雄介くんのいる穴の中を覗き込んで、そう言った。
「出てこないよ。なあ、もうそろそろ諦めよう」
 雄介くんがスコップを投げ出して、ぼくの手を掴んだ。だけど、ぼくは諦めたくなかった。根っこはまだ下に伸びている。きっと根っこの一番先っぽで、屍体から養分を吸い上げているんだ。
「でさ、あんたたち。どうやってここから出るの?」
 里香さんにそう言われたところで、ぼくたちは気付いた。気付かないうちに穴は雄介くんの身長よりも深くなっていて、腕の力だけでは登れそうにない。スコップを足場にしようとしても、壁の土は柔らかいので、うまく刺さらなかった。
 雄介くんが叫んだ。
「姉ちゃん!誰か大人の人、呼んできてよ!」
「やだよ!こんなところに穴掘ったのがバレたら、怒られちゃうじゃん」
 里香さんはそう言って、穴の中に手を伸ばした。
 

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