小説

『120』小岩井巌(『メリイクリスマス』太宰治)

昭和の見世物小屋を題材にしたアングラ劇団の映画は、音響システムが良い映画館だったこともあり迫ってくるようで、次第に引き込まれていくのを間島は感じた。森下も、一心に画面を見つめて時に笑ったり、ぐっときたりもしているようだ。良かった、と、間島は思った。
上映が終わり、館内が明るくなると、映画の主演女優、そして監督のトークショーをこれよりはじめさせていただきます、と、ぽっちゃりの眼鏡スタッフが走りよってきて、興奮気味に叫んだ。

「あっという間でしたねえ・・・120分。・・・トークも面白かったし」
映画館を出た森下はにこにこしていた。
雨があがった町はこころなしか空気が澄んでいるようで、都会の夜空なのに高く、星も光って見えた。
「もっといろいろ映画、観ようと思いました」
森下は間島の少し前で、笑った。
コンクリートの坂道を二人で居酒屋まで歩く。
そうかんたんに距離なんてものがはかれてたまるか、間島は思った。
はかれるわけがない。森下や自分が、いまもどれくらい離れているのか。森下の両親が亡くなったとき、彼らと森下がどれくらい離れていたのか、ということも。これから自分たちが、何度の暗闇と明るいところを移動するかなんてことも、わかるわけがない。
でも、だからこそこうして、自分たちは職場に行き、飲みに行き、家に帰り、電車に乗り、時々は映画館に行こうと思うのではないか。
居酒屋で、間島はふたりの間に置かれた焼き魚を真ん中から切り分けた。
冗談みたい。切り分けて二人の距離をはかることぐらいしかできない、と思う。
「ここが東京。この真ん中が世界の始まりだと思ってください、森下さん」
言ってしまってから間島は真っ赤になった。
「それは大変」
森下は目を丸くして、間島が切り分けた焼き魚を口に入れ、微笑んだ。
 

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