小説

『120』小岩井巌(『メリイクリスマス』太宰治)

「・・・雨強くなってるのかな」
間島はスマホの画面を見、森下を見た。
どこか心配そうな表情になっている。
「間島さん」
「なんですか?」
「120分て・・・」
「あああすみません、マジすいません、もし辛かったら言ってください、出ましょう、こんな立ち見席でほんとごめんなさい」
「違う違う」
森下は顔の前で手を振った。
「120分っていうのは・・・2時間?長い?」
「そうだと思いますが」
「すいません、・・・私時間の感覚が、昔からよくわからなくて。・・・時計とかスマホがないと、ほんとだめなんです、・・・だからあれだったんですよね、親が亡くなったときも、ぼんやりしてて、・・・ついつい時間が経ってて、なかなか病院にいけなかったんです、だめだなあって」
「・・・・・・・」
場内が暗くなる。案内のための小さい明かりが、ぼんやりとふたりの足元を照らした。
間島は森下を見た。
その暗闇にも薄く浮かび上がる白い頬、白っぽいコート、白いカバンや白い携帯のいずれかをつかんで、俺は距離をはかる、時間をはかることはできるのか。でも、森下さんはこうしていまも画面を見ている。
森下にとっての画面が、世界だということなのか。仁侠映画で昔の男たちが風を切って映画館から出てきたように、というのはいくらなんでも間島にもわかる。だがしかし、こうしていると、森下が永遠に映画館に居続けてしまうのではないか、何もかも彼女が白いのは、暗闇に向かうためだったのではないか、そう一瞬思えて、間島は背筋に冷たいものを感じた。
 

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