両親も姉も、ことあるごとに私に翻意を促してきた。厳しい現実や私のエイミーへの恋慕は今の生活から逃れたいがための勘違いに過ぎない等。まるでエイミーが話していた通りの理屈で如何に私が早まっているかを懇々と説いてきた。勿論私はできうる限りの冷静さと言葉を尽くして如何に私が彼女を愛しているか、彼女と一緒に行くことが私にとって正しいかを説明したが、私の声はまるで届かないようだった。それはあたかも冷たい海に取り残されて、声は深海に飲み込まれるかのよう。そこから抜け出そうともがけばもがくほど、深く深くに沈んでいくような錯覚に陥った。
「エイミー、貴方と恋人同士である事を家族に話した。貴方と一緒の職場に異動するつもりのことも。」
エイミーに私の状況を告げたのは、彼女に責任を感じさせるつもりだった訳ではない。ただ私の覚悟を知って欲しかっただけ。エイミーだって私と一緒に居たい筈で、一緒に異動をすると伝えれば最後には喜んでくれると考えての事だった。別に結婚を迫る訳でもないし、私自身の責任で彼女についてゆくのであれば重荷にはならないと信じていた。結婚ともなれば信心深い彼女のご両親に状況を説明しなければならないが、一緒にいるだけであれば2人の問題だと割り切れる。知り合って1年ちょっとで結婚を前提にと匂わされて戸惑っただけで、今まで通り恋人として過ごせるのであれば喜んでくれる。ただそう思っただけ。エイミーは目を大きく見開いて、まじまじと私を見つめた。
「それで?反応は?」
周りに聞こえるのを恐れるような小さな声だった。いつも通り恵比寿にある彼女の高級マンションの一室で話しているのに。
「今はまだ、理解して貰えていないの。父は異国で暮らすことをそんな簡単に決めるべきじゃない、の一点張りだし。母と姉は私が女性と付き合っていること自体が上手く飲み込めないみたい。母も姉も普通に男性と結婚しているのだから、私だって普通な筈だって。でも、時間を掛けて話せばわかってもらえると思うの。」
小さな溜息が聞こえた。彼女の目線は床の一点から動かなくなった。
「ねぇ?葵。私は人を変えることはできないと思ってるの。自分じゃない人の事はたとえ愛する人でも家族でも本当の意味では理解できないって。私なんて自分の気持ちでさえよく分からない。」
目を伏せて、乾いた笑いを漏らす。
「私の両親はね。高校生の時、私が女の子とキスしているのを見つけてから、まるで何事もなかったようにその件には触れないの。それでいてずっと監視してる。顔を合わせれば『早く好い人見つけて所帯を持て』って言うの。そして聖書をそっと渡してくるの。彼らにとっては病気なのよ、同性同士で愛し合うなんてことは。私と結婚するという事は、貴方は一生私の家族から存在しない者として扱われ続けるってことなのよ?」
「そんなの分からないじゃない!それに結婚してなんて言ってない。」
「そうね、分からないわね。でも、10年以上変わらなかった家族がこれから変わる可能性は低いと思わない?」