小説

『人魚姫』山口みやこ(『人魚姫』)

その夜、エイミーは私の手を黙って引き、恵比寿にある彼女のマンションまで連れて行った。そして私達は朝までベッドの中で愛し合った。今の会社に入ってから、好意を寄せてくれた男性と付き合い肉体関係を持ったことがあるが、しっくりと来なかった。そして相手に好意以上の愛情を持てない自分を持て余し、2年で別れてしまった。エイミーと絡み合うまで、女性同士でのセックスなんて考えたこともなかったが、彼女とのそれはとても気持ち良かった。一緒に朝を迎えて2人で近所のカフェで朝食を食べている時、私は生まれて初めて居心地の悪さから解放された幸福感に浸っていた。朝の眩い光の中で必要以上に恥らって見せたり、急に家庭的になって朝ごはんを手作りしなければと感じたり、体の関係を持ったことで関係が変わるのではないかと心配したり。そんな全ての物事が馬鹿らしく思えたし、エイミーと私の世界はシンプルで正直で本質的だと感じた。これこそが私の生きるべき世界なのだというように。

それからは恋人同士として、私達はデートを重ねた。お互いの誕生日には手作りの料理を作ってエイミーの部屋でクスクス笑いながらお互いに食べさせ合ったし。長いお休みには2人で日本国内や近隣アジア諸国を旅行した。エイミーと時間を過ごせば過ごすほど、私の居場所はここなのだという確信を深めた。お互いに「愛している」と囁き合い、本の感想を語り合う。私はエイミーの日本語を、エイミーは私の英語を直し、お互いに高め合う。いつしか、私はエイミーとの永遠を夢見るようになった。そしてそれは難しい事ではないように思えた。平日は隣同士に座って仕事に取組み、週末は世界中の映画を鑑賞したり食べ歩きを楽しんだり。夜には同じ部屋で別々の事をしながらもお互いの息遣いを感じる。こんな毎日をただ重ねてゆけば良いだけ。それが永遠になる。エイミーが一生日本で暮らすつもりがない事も分かっていたが、だったら私も一緒についてゆけばいいと考え始めた。

そんな折だ、アメリカの複数の州で同性婚が認められたというニュースをエイミーが口にしたのは。そのニュースは大げさに言うならば神の啓示のように響いた。別に神は信じていないし、そんなものに縋る気は毛頭ないのだが、自分が漠然と感じていたエイミーとの永遠を何か大きな流れが後押ししてくれたように感じたのだ。自分は間違っていない、と。エイミーが利用した社内公募システムは私だって利用ができる。そして私達が勤める企業は表向きには年齢、人種、性別、性的趣向に基づく差別は一切しない事を公言していたので、正式に婚姻関係を結べば、異性のカップルと同等の扱いを受けることができる筈だ。その上ニューヨークはコスモポリタンで先進的な事で有名な都市だ。いつしか私にとっての楽園はエイミーと過ごす空間だけでなく、エイミーとの繋がりを公的に認められて暮らす大きな街へと膨らんでいった。
 

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