エイミーは最初に受けた印象通り聡明な女性だった。直ぐにこのオフィスでの仕事を覚え、業務に関連する日本の法令も調べる術を覚え、私の補助など全く必要なくなった。それでも席が隣だからか、彼女も私に近しいものを感じてくれたのか、それからもたまに昼ごはんに誘われた。いつもはお互いデスクで簡単に済ませたり、きりが良い時にささっと近くのお店で済ませたりするのだが、週に1度、
「川越さん、今日お昼いかがですか?」
と声をかけられた。エイミーは美味しいものに目がなく、新しいお店を試したがった。そのためオフィスから少し足を延ばして食べ歩いたりもした。この会社はフレックスで決められた仕事さえすれば何時に出社しようと退社しようと関係ない。ましてや昼休憩を2時間取ろうが3時間取ろうが問題などない。とはいえ、大抵の社員はランチを1時間以上取らなかったが、エイミーはあまり時間を気にしなかった。だから私も彼女とたまにランチする時には、努めて時間を気にせず楽しんだ。
その内、私はエイミーとの時間を心待ちにしている自分に気付いた。そしてランチだけでなく、週末にも一緒に映画を観たり、食べ歩きをしたりするようになった。エイミーも読書が大好きで、読んだ本や映画について語りあっていると飽きなかった。ある週末、エイミーに誘われて恵比寿ガーデンシネマでフランス映画を楽しみ、美味しいカジュアルフレンチに舌鼓を打った後、並んでぶらぶらと夜道を散歩した。まだ少し肌寒く感じたが、ワインで火照った体には夜のしっとりした空気は心地よく感じられた。エイミーはフラフラと渋谷方面に歩いていく。私も楽しい時間を終わらせたくなくて、何も言わずにエイミーについていった。すると不意に小さな公園が表れた。その中にポツンと立つ8分咲きの桜に2人とも吸い寄せられるように近寄った。
「It’s(綺) so(麗) beautiful(ね).」
珍しく英語で呟くようにエイミーが言った。大して立派でもなく見映えだって良くない桜だったが、確かにぼんやりとした街灯に浮かぶ様が美しく儚く映った。大きな声を出すのが憚られて、
「Yes(とっ), very(ても).」
と吐息のように吐き出した。と、エイミーがゆっくりと顔だけを私に向け、ニコリともしないでじっと目を覗きこんだ。そのまましばらく見つめ合った後、エイミーのふっくらとした手が私の手を包み込んだ。目をそらすことも、動くこともできずじっとしていると、私の目を見つめたままエイミーがふっくらしたその唇を私の薄い唇に合わせた。