小説

『人魚姫』山口みやこ(『人魚姫』)

果たしてその日上司に言われてニッコリと微笑みを湛えながらこちらに近づいたエイミーを見た時には若干の煩わしさも吹き飛んだ。
「川越さんですか?お時間よろしいですか?」
彼女の日本語の発音は子音がきっぱりしていなかったが、言葉遣いは馬鹿丁寧過ぎて却っておかしくなっている日本人よりもよっぽど簡潔で綺麗だった。リーガルとか外来語が出てくると途端に英語発音に戻ってしまうのがチャーミングで思わず微笑むと、エイミーは首を傾げながら片方の眉をくいっと上げつつ微笑んだ。途端に私の体が反応して、ひょいっと肩を上げつつ微笑み返した。まるでサンフランシスコに居た時の様に。アメリカ人特有のジェスチャーや英語が話せるという事実をずっと自分から排してきたというのに。

外資系といえども、日系の会社程ではなくとも女性同士の付き合いはある。ましてやエイミーは本社から来た有望挌。ふっくらとした体にコンサバティブなピンストライプスーツにシルクの丸首ブラウスを柔らかく合わせ。ちょっと暗い金髪に榛色の目。ふっくらした唇に塗った赤い口紅が真っ白な肌に映えて、顔立ちは特別整っている訳でもないのに綺麗な人だという印象を与える。日本語が母国語ではないからゆっくり話すのかと思ったが、英語でもゆっくりクリアに話すので、理知的な印象を強く残す。そんな彼女を同じフロアの女性陣が放っておくはずがなく、早速歓迎会を兼ねて皆でランチをしようという事になった。エイミーは女性陣に誘われると感じの良い微笑みを湛えて
「是非。」
ときっぱりと答えた。私には特に声が掛らなかったのでそのまま席に居ると、エイミーがこちらを向き、
「行き、行かれないのですか?」
と若干自信なさ気に聞いた。私の意向を気にしてというよりは、尊敬語だの謙譲語だのをビジネスでない日常会話で使い慣れないせいだろう。彼女の眉が少しだけ下がっている様に親近感を覚え、
「行きましょう」
とだけ返して、PCにロックを掛けた。
 

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