「でも、私達が恋人であることは私達の問題でしょ?貴方は家族に反対されたら好きな人とも別れるの?」
エイミーの利口そうな榛色の瞳がゆらりと揺れて、やっと私を見た。睨むような強い眼差し。
「カワード(臆病者)だって思う?でも、私は家族が困っている時には助けになりたいし、嬉しい事は一緒に喜びたい。結婚するなら家族にも祝福されたいし、子供が生まれたら両親に抱いて欲しい。そう思う事を捨てられない。それに、貴方のお父さんの言う通りだわ。外国で暮らすことは楽じゃない。貴方の英語は上手いけれど、英語がネイティブ(母国語)の人達と対等に渡り合えるわけじゃない。異動したら今よりも競争に晒される。待遇だってきっと今より悪くなる。引っ越し費用だって全て自分で負担するのよ?そして異国で私と別れたらどうするの?それでも後悔しないって自信を持って言える?貴方が一緒に来るだけだから責任を感じなくていいなんて、本気で言ってる?」
こんな強い調子で言われたのは初めてだった。別れる?そんな可能性過りもしなかった。でもエイミーは考えてるの?その気付きが急に私を怖気づかせた。
「後悔なんてしない。」
そう答えた一本調子な私の言葉に、エイミーは労わるような微笑を返しただけだった。
エイミーが日本を離れる3日前の夜、私達は最後のディナーを共にした。カジュアルなフレンチ。よく冷えた白ワイン。野菜や魚の料理を2人で軽快に片付けていったが、その実2人ともお互いに元気な姿を見せたかっただけで、食欲などなかったのかもしれない。
「ロンドンではどれくらい働くの?」
尋ねると、エイミーは初めて話した時の様に片眉をひょいと上げて微笑んで見せた。懐かしさに胸が熱くなり、私も肩をひょいっと上げて見せた。分からないわよね、馬鹿なこと言ったわ、とでもいうように。
夜道をぶらぶら歩きながら、エイミーが呟くように言った。明るい夜空を見上げて。
「一生暮らさないと知っている異国での生活はフェアリーテイル(おとぎ話)の様ね。その中では自分が主人公で、魔法が使えて、何ものからも自由で、なんにでもなれて。いつかハッピーエンドを迎えるような気になれる。でも夢の時間が過ぎたら、一歩その地を出たら、また現実へと帰るだけ。美しい夢の王国は消えてしまう。」
解らなかった、エイミーの話が初めて。私にとって日本でのエイミーとの時間はおとぎ話などではなく日常だったから。幸せな日常。積み重なれば永遠になるはずの。そして何処に住んでも二人一緒なら続くはずの。だから黙っていた。
「幸せな時間をありがとう。貴方と過ごせてよかった。日本での幸せな時間をずっと覚えてる。」
きっぱりと毅然と言って、力強く私をハグしたエイミーは
「バーイ!So long!」
と手を振り、振り返ることなく歩み去った。