それから一ヶ月がたったある日、シンデレラの父親は急に王宮へと呼び出しを受けた。老僕のヴァロワは大急ぎで昔の礼装にブラシをかけ、先の戦争のときに下賜された勲章やら、父祖伝来のサーベルやらを磨き上げるなど奔走をして、主人の体裁を整えた。王宮へ上がるのはシンデレラの婚礼の日以来である。初夏の気配がする朗らかに晴れた午後、王宮から迎えの馬車がやってきた。
死刑場に引き出される死刑囚のような心持ちで、シンデレラの父親は馬車の窓からはるかな青空を眺めるともなく眺めた。なぜ王宮から呼び出しがかかるのか、その心当たりがさっぱりない。さらなる財産没収か。あるいは家の取り潰しか――彼はシンデレラの結婚以後、運命に対して臆病になっていた。なるべく人目に立たず迷惑をかけぬよう、ひっそりと暮らしてきた。石と罵詈雑言を投げつけられたシンデレラの婚礼の日以来、彼は他人の眼を極度に恐れた。特に王宮の意思を恐れていた。ただそっとしておいてほしかった。
西空に濃い白い雲が湧く青空には鳥が飛び交い、市場では庶民たちがせわしなく立ち働いている。やがて馬車は都の郊外に抜け、美しい糸杉の木立を抜けると、壮麗な王宮がはるかに見える。城の時計塔がちょうど三時を打った時、シンデレラの父親を乗せた馬車は王宮の車寄せに止まった。シンデレラの父親は襟を正すと大きく深呼吸し、震える足をはげまして階段を登った。
若い侍従に案内されて、シンデレラの父親は城の中へ入った。眼のくらむような金銀の柱、鏡張りの間、広くとられたガラス窓、華麗な天井画。散々引き回された末、ようやくこじんまりした小部屋に通された。他の部屋に比べて比較的質素なことが彼を安心させた。クリーム色の壁紙に白い簡素なタンスがふたつばかり。右手に広々とガラス窓がとってあり、午後の黄色い陽光が部屋いっぱいにさしていた。白地に青い花模様が縫いとられた布をかけた、心地よさそうなひじ掛け椅子が二脚、窓辺に向かい合わせに据えられている。向こうにも扉があり、その脇にひとりのいかめしい老女が立っている。侍女長の記章を腕につけていた。