小説

『シンデレラの父親』日野成美(『シンデレラ』)

 旅人は宿を提供してくれることを丁重な言葉で感謝したあと、自分は――地方の旧家の者で、これから――村の伯母のもとへ行く途中であるということを述べた。
「シャルルとお呼びください」
「シャルル、では私の名前はどうか訊いてくださいますな。私は隠遁者同様の者ですが、それは罪を犯したからなのです。少なくとも、そういうことになっています。ここで老僕のヴァロワとふたりきりで暮らしています。けれども人恋しくて、旅人を呼んでは話し相手になってもらっているのです」
「ではあなたは罪人なのですか? どういうことです」
「私はこの国の王子の妃の実父なのです」
 老僕のヴァロワがやってきて、ワインとグラスをふたりの前に置いていく。シンデレラの父親と名乗った老人のことを、シャルルはまじまじと見つめた。
「王子の妃の話は噂にお聞き及びでしょうかな――シンデレラの話は」
「世にも珍しい求婚で、王子の妃になったということは聞き及んでおります」
「以前は継母と継娘のもとで、下女同然の扱いを受けていたことも」
「はい」
「それを黙認していたのが私です」
 シャルルはその先を待ったが、なにも相手が言い出さないので、こちらから口を出した。
「なぜ黙認していたのですか? ――差し支えなければ」
「私は継母――妻のほうをより強く愛していたのです。シンデレラの母とは政略結婚でいっしょになりました。気立てもよく、やさしい、わが夫人としても完璧な女でした。しかし私は自分を支配してくれる強い女を常に望んでいるのです。彼女が病床についたころ、私は社交界で、美しく気性の激しい、情熱的な未亡人と恋に落ちました。妻が亡くなると、喪が明けるか明けないかのうちに彼女と結婚しました。それが今の妻、シンデレラの継母です。彼女は死んだ前夫との娘ふたりを連れて嫁いできました。彼女はシンデレラをひと目見て嫌悪の情を浮かべました。前妻の血を引く私の娘は自分のいる新しい家庭に邪魔な存在だと、彼女の眼には映ったのです。やがて彼女はシンデレラをいびるようになりました。娘がただ驚くばかりで抵抗しないのを見るとさらに気に食わないと見えて、嫌がらせは過激になっていきました。継娘たちも母親にならいました。娘が『シンデレラ』と呼ばれるようになったのはこの頃です」
 

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