そう教えられたのはある下級貴族の屋敷だった。すっかり荒れさびて門扉には茨が絡みつき、敷石の間には雑草がはびこっている。それでも中にはかすかに灯がともり、人の気配がした。腹の底まで凍えきった旅人は、屋敷の戸を叩いた。ひとりの痩せこけた老僕が戸を薄めに開き、じろりと旅人を観察する。
「ご無礼をお許しください。この雷雨で難儀している旅人です。どうかお慈悲で一晩、屋根を貸してはくださらないでしょうか? 納屋や馬小屋でも構わないのです」
旅人は上品な物腰で、聡明さとやさしさが額と眼のあたりに見える、金髪碧眼の青年である。老僕は一度中に引っこみ、しばらくしてからまたやってきた。
「旦那様のお話相手をしていただけますか。でしたら、ベッドを整えさせていただきましょう」
旅人は快諾した。
暖炉にあかあかと火が焚かれ、スープとパンが供された。屋敷の内部は人がいないゆえのさびれた感じが漂っている。ろうそくで照らされた室内には、ひと昔前に流行った空色やピンクなどの明るい色調の女物の家具が並べられてある。絨毯もひと昔前流行した緑色の東洋風の織物で、似合い不似合いをこだわらず流行りものだけを集める軽薄な女が住んでいたことがうかがえた。この家の主人は女だろうか、と旅人は考える。給仕は老僕ひとりきりである。羊肉のスープも白パンも申し分なく美味く、たらふく食べさせてもらった旅人は生き返った心持ちになった。食事が終わるとちょうど夜の十時の鐘が鳴り響く。
この家の主人が登場した。
主人は旅人の予想に反して、穏やかな物腰の老紳士だった。非常に疲れきって滅入っている様子で、それでも客人を見るや歓待の微笑をうかべた。チョッキにズボンという楽な出で立ちであったがその服装はすっかりくたびれていて、この老紳士が貧しいことを感じさせた。旅人はこの老紳士をひと目見るや、なにか同情というか、あわれみのようなものを感じた。老紳士と彼は愛想よく握手する。