小説

『シンデレラの父親』日野成美(『シンデレラ』)

「まだ公の発表はありませんが、このたび御子がご誕生になる予定です。私は幸福とお見上げします」
「そうですか」
 シンデレラの父親の顔が涙にまみれているのをシャルルは見て見ぬふりをした。
「これから晩餐会があります。おいでになりますか?」
「いえ、お暇をいたしましょう」
 シンデレラの父親は涙を手で払い、震える声をはげまして言った。
「妃殿下にお伝え下さい。私はもう二度と王宮に上がることはないでしょうと。どうか父親を忘れて、過去のすべてを忘れて、幸福になってください、と」
「これでシンデレラのお話は一息ついたというところでしょうか」
 シャルルはいたずらっぽく笑い、気を取り直したように咳払いする。シンデレラの父親はシャルルに向き直った。
「ありがとうございます。あなたにも、シンデレラにも、お会いできてよかった」
「この後どうなさるおつもりですか」
「……帰らなければ。ヴァロワが夕飯の支度をしているはずです」
「ご健勝たることを、私もお祈りさせていただきます」
「不思議ですね、許してもらったというのに」
 シンデレラの父親は乾いた声で笑った。
「まるで裁かれたときのように、全身がずたずたです」
 王宮の広く長い階段を降りながらふいに、シンデレラの父親は妻のことを途方もなく恋しく思った。こうしてシンデレラが自分を許したことを知ったら、どう嗤うだろうか。妻に会いたかった。あの高慢で情熱的な女は、シンデレラにああしたことを反省も後悔もしていない。ただ娘たちの嫁の貰い手のことだけを悩んでいる。自分はあの女を愛して、シンデレラを愛することができなかった。娘を愛さなければならないのに、愛せなかった。それを後悔できない自分に自分は失望しているのだ。こうして許してもらって思い出されるのは妻のことばかりだ。なんとどうしようもないことだろう。
 

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