「あのさ、あんたの格好がそもそも登る時の恰好じゃないんだよ。動き辛そうじゃないか」
「そうねぇ。貴方のような、動きやすそうな格好してくれば良かった」
「なんなら、交換するかい」
「え、いいの?」
「あんたさえ良ければね」
どうせ、ぼろっちい汚れた布で出来た服なんて着たくもないだろう。しかし瓜子は「ありがとう」と笑みを浮かべた。嫌がる素振りも見せずに、天邪鬼の着物に袖を通す。
(つくづく変な子だなぁ……)
呆れながら天邪鬼が瓜子の着物を手にすると、ふんわりと優しい香りが鼻先をかすめた。嗅ぎ慣れぬ匂いに、天邪鬼は眉を顰める。汚れ一つついていない清潔な着物を見下ろした。
着替え終えた瓜子は、懸命に木を登っていた。傍から見ても、自分の着るものはみすぼらしい。瓜子は綺麗な着物を着ているのに。髪に挿している簪だって、きっとお爺さんが買ってきてくれたのだろうし、お婆さんの手料理だって毎日食べて暮らしているに違いない。
またしても、天邪鬼の心に、言い様のない苛立ちが生まれてくる。
アタシとあの子の何が違うんだろう。あの子だって、人間かどうかわからない存在であることに違いはないじゃないか。見てくれの問題なのか。でも、自分が天邪鬼だと知っても尚、あの爺さんと婆さんは優しく接してくれたのだ。なのに、どうして。
小さく叫ぶ声がして、天邪鬼は我に返る。振り向くと、足を滑らせたのだろう、瓜子が木から落ちる瞬間だった。
瓜子はそのまま地面に大きく頭を打ち、ぴくりとも動かない。
天邪鬼は恐る恐る覗き込む。
「おい、どうしたよ」
頬をぺちぺち叩くも、瓜子は目を開けない。暫く様子を見ても、一向に気がつく気配がなかった。
天邪鬼は二歩、三歩その場から後ずさる。
予想にしてなかった展開だが良い機会だ。このまま置き去りにしてしまおう。
ふと、天邪鬼の脳裏に、ある考えが浮かんだ。
そうだ、そのままこの子と入れ替わってしまえばいい。
彼女の服を手にしているのだから、このまま瓜子に成りすますことが出来るんじゃないか。前髪で顔を隠すようにしていれば、案外気づかれぬやもしれない。
天邪鬼は逸る気持ちのまま、大急ぎで家に戻ることにした。