小説

『花簪』神津美加(『瓜子姫と天邪鬼』)

 当初は、瓜子を外に連れ出し、山の中へ置いてけぼり食らわそうと思っていたのだ。だが、当の本人が余りにも嬉しそうにしているので、何だか気が失せた。だからといって、一緒に仲良しごっこする気にもなれず、どうやってこの場から逃げ出そうかと考えていると
「立派な柿の木ねぇ」
 瓜子の感心した声がした。同じように見上げると、大きく甘そうな実がいくつも生っている。
「今の時期は、甘くて美味しい柿が沢山実っているんだよ」
 天邪鬼はそう言って柿の木に登る。ちょうどお腹を空かせていた。器用に実をもぎとっては、口の中へ頬張る。
 木の下でじっと見つめていた瓜子がぽつりと「美味しそう」と呟いた。
「食べたいなら自分で取りなよ」
 木の上から言うと、瓜子は「そうね」と頷き、着物の裾を大きくたくし上げた。
(何だ、木登りは出来るのかい)
 意地悪を言ったつもりなのに、あっさり頷かれ、天邪鬼は心の中で舌打ちをする。だが、瓜子は大きな幹にしがみつくようにして手を回したきり、じっと動かない。
「あんた、何してんの」
「えっと、木って、どうやって登るのか分からなくて……」
「蝉の真似ならとても上手に出来てるよ」
「あ、酷い!」
 瓜子が睨むようにして見上げたので、思わず天邪鬼は笑った。
「どうやったら、貴方みたいに上手に木が登れるの?」
 褒められて少しばかり気を良くした天邪鬼は、瓜子に木の登り方を教えることにした。瓜子は素直に天邪鬼の言葉に耳を傾けて、慎重に登り始める。しかし、服装がどうにも邪魔くさそうだ。

 

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