小説

『花簪』神津美加(『瓜子姫と天邪鬼』)

「ねぇ、遊びに行こうよ」
 天邪鬼は相手の戸惑いなど無視して誘うと、瓜子はちらりと家を振り返った。
「機織りの仕事が気になるのかい」
「ううん、あれは趣味でやっているだけだからいいのだけど。ただ、お爺さん、お婆さんに何も言わずに 出かけるなんて、心配させないかしら」
「なんだ、そんなことか。大丈夫だよ。ここに来る前に、あんたんとこのお婆さんに逢ってね、今日はあんたと遊んでくるって話をつけてきたからさ」
 勿論、嘘だ。
 すると瓜子が「本当!?」と、ぎょっとするくらい大きな声をあげた。唐突に、天邪鬼の両手を強く握りしめる。
「それなら安心だわ。私、あの、私ね、本当を言うと、貴方が扉の向こうで声をかけてくれた時から、扉を開けたくてうずうずしていたのよ。だって、今まで私と遊びたいって来てくれる子なんていなかったもの。だから、その、貴方が来てくれて、本当に嬉しいわ!」
「そ、そう……」
 天邪鬼はすっかり瓜子の勢いある言葉に気圧された。瓜子がここまで口が回る子だとは思っていなかった。
「そんなに喜んでくれるなら、こっちも嬉しいよ」
(ああ、アタシは何を言ってんだろう)
 虫唾が走る天邪鬼に気づかずに、瓜子はそのまま手を引いて外に出る。
「お婆さんの許しがあるなら、早速出かけましょう」
「……そんなに嬉しいもんかい」
 思わず漏らすと、
「だって、誰かと一緒に遊ぶなんて初めてだもの」
 瓜子は少し恥ずかしげに応えた。

 初めて外に出るわけでもないだろうに、瓜子ときたら「ねぇ、あそこに咲いているお花見て! とても可愛いわねぇ」と白い花を指さしたり「あ、今、綺麗な鳥が飛んでいったわ」と声をあげたり一々はしゃいでいる。
 隣で天邪鬼は溜息をついた。
 

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