小説

『狸寝入りのいばら姫』星見柳太(『眠れる森の美女』)

 なんか急に立ち上がったと思ったら、そのまま動かないんですけど。一体何なの、なんかちょっと、怖いかも。これもう、完全に起きるタイミング失っちゃった。
 もしかして、ホントのホントに、キスする、なんてことはないよね。だって私たち、別にそういう関係じゃないし。八王子くんだもん。そんなことはしないよ、絶対。
 でも、もしホントにされたら、どうすればいいんだろう。きっともう、まともに顔を見れないよね。いつもどおりに話せないかも。向こうは寝てると思ってるから、私が変に避けたりしたら、嫌いになったと思われそう。あれ、でも、別に私は悪くないよな。むしろあっちが罪悪感で、距離を置かれちゃったりして。どっちにしても、今の関係は崩れちゃうのか。嫌だ。それは嫌だな。
 いやでも、そもそも嫌なら、私が今ここで起きればいいじゃん。ちょっと気まずいかもしれないけど、最後までやるよりマシだよ。でももう遅いか。いやいや、まだ間に合うって。でも、結局私はどうしたいんだろう。八王子くんと、キス、できるなら、そりゃあ嬉しいけどさ、もっとこう、場所とか雰囲気とか、色々あるじゃん。せっかくのファーストキスだし、ここでやってもいいのかって話。場所、は別にここでもいいかな。雰囲気、はどうだろう。これもうそういう雰囲気なのかな。でもでも、私は寝てるんですよ。意識がない状態ですよ。八王子くんはそれでいいのかな。私はどうだ。やっぱり嫌だな。するなら、ちゃんと起きてしたい。決めた、起きよう。目を開けよう。さあ起きろ私。イッツ・ウェイク・アップ。駄目だ、動けねぇ。
 って、なんかベッドに手をかけてきたよ。どうしたの八王子くん。ベッドがちょっと軋んでるよ。まさかホントに、ホントのホントにキスするの。顔を、近づけてるのがわかる。八王子くんの息が当たる。臭くはないな、良かった。じゃねぇよ。全然良くない。いや良いのかな。どうだろ。どうなの。そうこうしてる間にも、もうギリギリまで来ちゃってる――

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