小説

『狸寝入りのいばら姫』星見柳太(『眠れる森の美女』)

 やべ、一瞬茨城さんとのキャッキャウフフな妄想にトリップしてた。落ち着け、こんなところで理性のタガを外す訳にはいかない。平常心、平常心。
 しかし、本当によく眠っている。普段から気づかれないよう慎重に慎重を重ねて観察しているけれど、寝顔を見るのは初めてかもしれない。授業もちゃんと聞いていたり、毎日挨拶もしてくれるし、結構マジメなんだよな。
 写真とか撮りたいところだけど、さすがにそれは変態くさいか。いやしかし、こんなチャンスはそうそうないぞ。ああ、この寝顔を待ち受けにして毎日眺められたら幸せだろうなぁ。いや、写真じゃなくて、朝起きたら横に茨城さんがいて、寝ぼけた顔ではにかみながら、「えへへ、おはよう」なんて言ってきちゃったりした日にはもうたまんねぇな、って、いかん、またトリップしかけていた。
 とにかくいったん落ち着こう。どうも妄想が暴走しがちというか、ちょっと危ない人になりかけている。一度深呼吸をしてみよう。
 おや、スマホにメッセージがきている。車田さんからだ。『ヒメコまだ寝てるの?』はい、まだ寝てますよ。かわいい寝息をたてながら。心配なら自分も残ればよかったのに。車田さんと茨城さんはクラスのいわゆるイケてるグループの人達なのだが、気さくで人当たりがよくて、僕のような地味な男にも普通に話しかけてくれる、とても優しい人達なのだ。いや、茨城さんは最初ちょっと距離があったな。多分、車田さんが彼女を引っ張っていくような関係なんだろう。まあ、そのちょっと控えめなところにノックアウトされたのだけど。おっと、また車田さんからだ。『たぶんしばらく起きないから、チューの一発かましちゃいな!』……この人はなにを言っているのだろうか。チューとはつまり、キスだろう。そんなことをしたらホンマモンの変態や。いや、ほんとになにを言っているんだ。あれか、僕をからかって楽しんでいるのか。そういうことか。なるほど、合点がいった。危うくまじめに返すところだった。これで動揺そのまま返信したら、更にからかいはエスカレートするところだっただろう。
 でも、キス、キスかぁ。確かにこの状況はチャンスといえばチャンスだよなぁ。そういえば妹の読んでいるマンガに、ちょうどこういうシーンがあったな。ヒロインが眠っているところに、あこがれの人がキスをするっていう。いや、あれはマンガだし、キスしたのは学校一のイケメンだし、そもそもヒロインが相手に好意を持っていた。僕が今この場でしてみろ、万が一彼女が起きたり、そうでなくても誰かに見られたりしたら、学校一の変態と呼ばれることうけ合いだ。僕のような地味でイケてない奴は、こうしてただ彼女を眺めているのがお似合いなのだ。
 でも、キス、キスかぁ。

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