また車田さんからだ。『だって八王子くん、ヒメのこと好きでしょう?』なぜバレている。誰にも言ったことないのに『いつも見てるし、バレバレだよねー』マジか。これ、端から見たらあからさまだってことだよな。うわ、どうしよう、お婿に行けない。キツイ。これキッツイわ。
『だからまぁ、一発派手にかましたれ!』って、いやいや、それは違うだろ。論理が破綻してるんですけど。僕の好意が周知のものだったとしても、それで寝込みを襲うのが許されるなら、世のモテナイ男子たちは叶わぬ恋に枕を濡らすことはない。『よく言うじゃん、男は度胸、女は愛嬌。このチャンスをモノに出来ないようじゃ、ずっと彼女はできないぞ!』もっともらしいこと言って、からかっているだけだろう。趣味が悪いぞ、趣味が。『大丈夫だって、ヒメもけっこう押しに弱いし、女子は強引にされたいものだよ』強引って言っても、節度があると思うんですけど。
でも、親友である車田さんがここまで言うって、もしかして脈ありなのかな。だとしたらすごく嬉しいんだけど。確かに今までの僕は、好きな子に積極的になることはできなかったし、男は少し強引なヤツのほうがモテるというのも聞いたことがある。それに、少女マンガに描かれているということは、やっぱり女の子の憧れだからじゃないのだろうか。今ここでキスをするのも、そんなにおかしくないかもしれない。
いや、まてまて、やっぱり駄目だ。常識的にも倫理的にも、おかしいに決まっている。当たり前の話だろう。茨城さんの尊厳も、僕の人としての良識も、踏みにじる行為だぞ。いけない、やっぱり今の僕はちょっとおかしい。好きな娘とふたりきりになれたというだけで、舞い上がっているのだろう。うん、そうだ。きっとそうに違いない。
よし、もうここを出よう。茨城さんには申し訳ないけど、このままここに居続けていたら、なにか間違いを起こす気がする。いや、大丈夫だとは思うけど、今の僕は、ちょっとおかしい。
僕は椅子から立ち上がった。勢いが余って椅子にぶつかり、その音に自分で驚いた。静寂の中、僕は少し、呆然としたようだった。茨城さんを見下ろすと、まだ眠っていてちょっと安心した。
眠っている茨城さんは、本当にあどけない表情だった。規則的な小さな寝息。白い肌。曲線を描いて伸びるまつげ。そして何より、薄い桃色のきれいな唇。僕は唾を飲み込んで、そのかわいい唇に見入ってしまった。
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