小説

『恥の心』伊藤祥太(『恥』太宰治)

十一月十六日

 単刀直入にお尋ねいたします。どうして分かったのですか? 探偵か何かを使って、差出人をお調べになったのでしょうか?
 先生の新刊をたった今読み終えたところです。書き下ろしということで大変楽しみにしていたのですが、一行目を読んだ瞬間に心臓が止まるかと思いました。そうです、私の苗字は中山です。下の名前こそ違いますが、これは私のことではありませんか! 高校二年生ということ、あまりパッとしないということ、幼馴染みに密かな恋心を抱いているということ、どれもこれも私に当てはまることばかりではありませんか! これまで女性一人称の物語ばかりを書いてこられた先生が男性一人称小説を書いているだけでも驚きなのに、そこに私そっくりの人物が描かれているなんて。驚きました。私のあのお手紙が、先生のこのような作品を書かせることになってしまうとは、思ってもみないことでした。大変嬉しかったです。
 しかし、私はこの事態を危惧してもいます。あんなお手紙くらいで、先生は私のことが気になって仕方なくなり、探偵までお使いになった。純粋な女性は、その底に多情多恨な本性を秘めていると聞いたことがあります。私なんかに引っかかってはいけない。男子高校生の心情なんて描いている場合ではないんだ! 私に影響されて、そんなものに手を出している場合ではないんだ! 先生は、先生の純粋さだけを小説に盛り込んでくれればそれで良いのです。他のファンも、それを望んでいるはずです。
 いや、もしかしたら他のファンは、先生の新たな一面を見ることができたと喜んでいるかもしれませんね。実際、ネットでそういう評判をいくつか目にしました。他のファンは、主人公にモデルがいるなんて知らないから、そんな暢気なことを言っていられるのです。私は、主人公のモデルが私であることを知っています。他の読者は憐れだと言わざるを得ません。私同様、先生にほのかな恋心のようなものを抱いている人も大勢いることでしょう。先生は、そのような読者を裏切っているのですよ。それはいけない、絶対にいけないことです。私のことは構わずに、次の作品では、また先生の分身みたいな少女が登場する作品を書き上げてください。
 色々と書きましたが、今回の作品も、とても面白かったです。幼馴染みへの親しみから来る愛と、女性作家に対する憧れから来る愛、この狭間で揺れる主人公の心情には特に共感するところがありました。
 次の作品も楽しみにしています。ご自愛ください。本名がばれてしまったので、署名しておきます。
中山 新太郎

1 2 3